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【鹿角人をつなぐリレー取材No,3】湯の駅おおゆ駅長!淺利裕子さん

2019.05.10

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こちらの記事は、リレー形式で鹿角に住む「ひと」をつなぐ企画の第三弾です。

前回の阿部純一さんからご紹介頂いたのは、淺利 裕子(あさり ひろこ)さん。

昨年(2018年)、大湯にオープンしたばかりの道の駅
「湯の駅 おおゆ」の駅長さんとして、知っている方も多いかもしれませんね。

とりあえずやってみよう!で、ハンガリーへ

湯の駅 おおゆ 淺利 裕子さん
鹿角市の中心地、花輪で生まれ育ち、英語とスポーツが好きだった淺利さん。(写真:右から二番目)

専門学校でスポーツ関係の資格を取得します。

しかし就職氷河期だったこともあり、なかなかうまく進まず鹿角へ冬休みに帰ります。

「この先なにしようかなぁ」とぼんやり考えていたところ、
当時鹿角市で教育長を努めていたお父様から
「ハンガリーに行くか?」と半分冗談で言われたそう。

英語や海外生活に憧れのあった淺利さんは二言返事でハンガリー行きを決定。
そうして初代日本語指導員として2年間ハンガリーに滞在します。

※鹿角市とハンガリー(ショプロン)は姉妹都市で、
日本語指導員を派遣するプログラムをおこなっています※

地方公務員から道の駅の駅長に!?

帰国後数年のアルバイトなどを経て市役所へ入庁、
ハンガリーでの経験を活かせる国際交流の業務に携わったそう。
その後、「観光振興課」「産業連携推進室」、と進んだ淺利さん。

こうした産業部内での仕事を通じ、
鹿角での出会いや発見、鹿角をPRすることで感じるやりがい…などなど、
いそがしくも充実した日々を過ごしていたと言います。

そして、淺利さんの人生を大きく変えたのは、
市役所での勤務で最後の配属先となった「農林課」でした。

農業は本当に目からうろこでしたね!
農業って、いちばんクリエイティブで、奥深くて、尊いものだと思います

この農林課での仕事によって「農業」と出会えたことが、
淺利さんの人生観までも大きく変えたのです。

極端ですがたとえばこの先、人が減って、物を変える場所がなくなったとしても、
畑と田んぼと水があれば、とりあえず生きられる。この強みが最強

農林課での6年を経て、淺利さんのなかに生まれたのは、
「鹿角地域の課題に貢献できる会社(農業法人)を作る」という目標でした。

そんな目標を持ちながらも、どこかモヤモヤしていた淺利さんは、
東京で再会した現在の社長(恋するかづのカンパニー/永松さん)に相談。

市役所を辞めて、農業を支える法人を作りたい」という気持ちを伝えたそう。

現在の淺利さんの職業である「道の駅の駅長」と「農業法人」では、
なんとなく違うのでは?と思ってしまいますよね。
淺利さん自身、その点を永松社長へなげかけています。

私がやりたいのは農業であって道の駅じゃないって言いました。
そしたら(社長に)将来的に農業を会社でやればいいじゃんって言われて。
最初に売り場としての道の駅を作っておけば、
農業自体スムーズに進めることができるんじゃないかと。
たしかに…と思いました

それでも、前に出ていく駅長という立場にたつのは
「自分じゃない」と断っていたそうですが、
「鹿角にいる人間」ということで最終的に覚悟を決めたそう。

2018年の3月に「市役所を辞めて道の駅をやる」と決心したものの、オープンは4月。
怒涛のように過ぎていったのは言うまでもありません。

くわえて、周りからの心配も大きかったとつづけます。

地方公務員を辞めるということへの地元の価値観から、すごく心配もされましたし。
本当にできるの?なんて訊かれて。でもそういうときには、
出来ないよ!だから皆のチカラを貸して、助けて!
と素直に伝えたんです。
本当に助けられているし、生かされていると感じますね

’縁が輪になる’を具現化し、あらためて実感。

湯の駅 おおゆ

道の駅の経営は、やりたいことだけでは出来ません。
施設や数字の管理など、経営・運営をしていけるのかという不安がありました

そんな淺利さんを心配し、たくさんの人が助けてくれて、
不安要素が埋まっていったといいます。

そういう助けてくれる人とともに成長して、育っていけばいいかと、
最初の段階で思うことができたんです。頼りない話ですけど

市役所時代にも、
「人とのつながり」がもっとも大切であると実感していた淺利さんは、
湯の駅のコンセプトでもある’縁が輪になる’を、まさに具現化しているようです
と言います。

元気で正直に自分とも人とも向き合う、そんなあたたかい人柄が伺えます。

願いはシンプル。70才になっても
鹿角産のりんご、桃、米と野菜を食べたい!

湯の駅 おおゆ 鹿角りんご

60才70才になったとき、鹿角産のリンゴ、桃、米と野菜を食べていたい

そんなシンプルな願いから、そのために農業法人をやりたい!という目標に至った
淺利さんの、農業に対する今の思いを最後に伺いました。

フランスのマルシェを見る機会があって。
農業大国として考え方のすばらしさを目の当たりにすると、
日本の’傷がついてるものは値がつけられない’という農業のあり方は
やっぱりおかしいなと…。
そういうのすべてをガラッと変えることは出来ませんけど、
できることを鹿角から、と感じました

淺利さんは鹿角的風土の強さを改めて実感しつつも、
農業の深い部分にある課題をみつめています。

傷がついたものからはお金を頂けないっていう考えやプライドは
素晴らしいことなんだけど、収入にならなければやっぱり続けられないワケで、
農業の魅力も若い人たちに伝えきれてないんですよね。
農業にこそ’経営’という考えがとても必要だと思います

まだまだ道の途中であるという淺利さんですが、すでに農業経営への道は整えはじめ、
北海道や関西・九州の農家とのコラボ企画なども考えているとのこと。

楽しみながら突き進んでいく「湯の駅おおゆ」の駅長さんから、
今後も目が離せません!

道の駅 おおゆ(湯の駅おおゆ)公式HPはこちら

【この記事を書いたライター】

スコップ編集部

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